詩 『11歳の彼のために』
『11歳の彼のために』
悲しみは 芸術になってしまう
悲しみは芸術を生んでしまう
11歳のあの子の分まで
私は生きなければいけない
と書くのは
自分だけのこと
あの子の分まで
と書いて
おそらく 3日間本当に思うだろう
そして4日目に忘れるのだろう
亡くなった人のことを考えた時
誰々のためにも自分は息をしていこうと思う
これは11歳の子供だけじゃなくて
生き残った人間は
自分のために生きていくのだと思う
誰かのために
と発言した瞬間に
実は自分のためなのだ
自利利他こそが正しいと考えております
私が書いた詩をアップすると
神様が書いたのではないか
と思うほど
美しい文章コメントが出た
まるで花のような言葉だった
そして私はもう一度返信をしました
以下
『光をずっと見て走って
草いきれ
静かで
歩く音
ねえ
心
宇宙がほんとうに
泣く時があるんだ
って今日 知った
おばあちゃんに
言わなきゃ』
悲しみは言葉を産む
こういうことになると思います
表現する人たちは生きることができる 死なない
表現できない人は
発出することができないから
苦しんで亡くなってしまう場合もある
私たちには言葉があると考えております
※〈生む〉と〈産む〉は統一するのが正しいのですけど
あえて発出する草稿のエネルギーを触らないように
今回は誤字ではあるのだけど
このままアップします


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